アメリカのYA小説その後(2017)

2017/09/06

かなり前に、アメリカのヤングアダルト小説(YA)の話を書いていましたが、少し書き足しておきます。

まず、以前に紹介した”Me and Earl and the dying girl”(『僕とアールと死んでいく女の子』)
https://societyforlightnovel.wordpress.com/2016/02/17/アメリカのヤングアダルト小説1/
の日本語翻訳が8月に出版されています。

金原瑞人訳『ぼくとあいつと瀕死の彼女』ポプラ社、2019年

金原先生、やはり目をつけていらっしゃいましたか。

訳文はかなり、はっちゃけていて良い感じです。

I have no idea how to write this stupid book. (原文 p.1)
いったい、どう書けばいいんだよ。こんなくだらない話。(金原訳 p.6)

うまいなあと感心したんですが、原文と比較しながら読んでいるうちに、翻訳の恣意性というか、訳文の妥当性みたいなものについて少し考え込みました。口語に寄せすぎているようにも思えるのです。例えば、以下の訳文:

It was incredible. (原文 p.81)
すっげぇよかった。(金原訳 p.6)

原文はいかようにでも訳せるかとは思います。「信じられなかった」とか「途方もなかった」とか選択肢はかなりありますが、その中から主人公の口調として最適なものとして訳者が選んだ結果としての「すっげぇよかった」なのです。問題は、それが主人公の「語り」として妥当なのかどうかということ。

主人公は、中流のユダヤ人家庭に育っていて(作者も中流ユダヤ人)、グレている訳でもない。父親は週に一コマしか授業していないとはいえ大学教授だし、母親はNGO職員でインテリっぽい。その母親の言うことに主人公はいつも渋々ながらも従っている。黒人の崩壊家庭のアールとは付き合っているけど、悪いことには手を出さず二人で映画を撮っている。アールの家にはいくらでも転がっている、タバコにも酒にもドラッグにも手は出していない。根が真面目なんだろうなという印象です。

主人公の語りが途中で箇条書きになったりしますが、「ちゃんとした文章にするのが面倒臭いので後は箇条書きにしとくわ」のような主人公の身振りの背後に、要点をまとめてノートに取っておくのが癖になっている優等生根性みたいなものもチラチラします。つまり、この主人公は自身の語りにsucks(金原訳「サイテー」)みたいな俗語を多用していますけれど、真面目な子が少し無理して俗っぽく語っている印象が強い。というか、語りの中のそういう俗語表現のギャップみたいなものを楽しむ小説であるような気がするのです。しかし、金原訳は全体を口語表現に寄せます。例えば、以下の文章です:

In fact, high school is where we are first introduced to the basic existential question of life: How is it possible to exist in a place that sucks so bad? (原文p.5)
だって、高校ってところは人生で誰もが抱くこういう疑問に初めてぶち当たる場所だから。どうやったらこんなサイテーなところで生きていけるんだ?(金原訳)

“the basic existential question of life”が「人生で誰もが抱くこういう疑問」と訳されてます。以前、私がこの本を紹介した時にはこの翻訳本は出てませんでしたから、私は勝手にこの部分を「人生の基本的実存的問題」と訳しておきました。原文にはexistentialという少し硬めの単語が使われる一方で、その直後の太文字部分ではa place that sucks so bad(クソみたいに最悪な場所)という俗語(sucks)混じりの表現が出てきますから、そのギャップみたいなものを強調してみた訳です。金原さんの訳「the basic existential question of life/人生で誰もが抱くこういう疑問」では砕いて訳しすぎじゃないのか。そんなことを思いました。

ただ、まあ、ラノベ的な文章に慣れた日本の読者相手には丁度良いのかなとも思えます。翻訳では、誰が読むのかを考えて、そこに合わせて訳文を考えていかなければならないのですが、今の日本の標準的な若い読者層を考えた場合、こういう語りで読ませてしまうのも十分ありなのかなとも思えました。

ともあれ、英語でしか読めなかった時にはなかなか人にオススメできなかったのですが、これで気楽にオススメできます。是非どうぞ。

*****

次に、アメリカの本屋のYAの棚をぶらぶら歩いていて、「書店員のオススメ」みたいなポップを頼りに本を漁っていたらこんな本にぶち当たりました。Jerry Spinelli “Stargirl” Ember

2000年の作品なので決して新しい小説ではありませんが、書店員がオススメするということは、流行り廃れが激しいYAの中での古典的なポジションの作品なのかもしれません。よくよく調べると、日本語の翻訳も出てました(『スターガール』2002年、理論社)。面白かったので、英語で読み切っています。

読み始めてすぐに「これはMPDG(マニック・ピクシー・ドリーム・ガール)じゃないか!」と驚きました。MPDGについては https://societyforlightnovel.wordpress.com/2016/03/08/アメリカのヤングアダルト小説(5)/ でも紹介しましたが、日本語で雑に訳すと「躁的不思議ちゃん」。一言で言えばエキセントリックで突拍子も無いことを言ったり実際にやっている女の子に、平凡な男の子が振り回される話です。実際、慌てて検索してみたら、これはMPDGの元祖的な作品だとしている人もいました。

Stargirlではヒロインは奇妙奇天烈な衣装で学校に現れて(アルプスの少女ハイジっぽかったり、キモノだったり、西部開拓時代の格好だったりします)、背中にはウクレレを背負っていて、昼休みの食堂ではその日の誕生日の生徒のために「ハッピバースデー、トゥーユー」を歌い、数学の授業では突然、自作の「二等辺三角形の歌」を歌ったりします。当然生徒たちはドン引きなのですが、彼女は全く意に介していない(ように見えます)。学校中が彼女の存在をいぶかしむ描写が続く中で、以下のような文章が出てきます(太田訳):

雲ひとつない学校の上空にたった一言が浮かんでる感じだ。

          はあ?

以前MPDGを紹介した際に、涼宮ハルヒの翻訳ノベルがアメリカで例外的に売れたのは、もともとああいうキャラクターはMPDGとしてアメリカのYA市場では普通に受け入れられていたからということを書いた私としては、ちょっと見逃せません。そう言えば、ハルヒの翻訳本の表紙はこの本の表紙に雰囲気がかなり似ていませんでしょうか?おそらく出版社も似たような読者層を狙ったものと思われます。考えてみるとハルヒの出版は2003年なので書かれた時期もかなり近いのです。

もっとも似ているのはヒロインがぶっ飛んでいて、周りとズレているというところだけで、話の内容は『ハルヒ』とはかなり違います。
ハルヒはサブカル系の事柄(タイムトラベル、宇宙人、超能力者etc)に固執しますが、スターガールが固執するのは「親切」とか「思いやり」。そして、ハルヒが一般の生徒からは変人扱いされて放っておかれているのとは対照的に、スターガールは学校中からネグレクションを受けます。同調圧力と、それに従わない者を村八分にする学校社会問題みたいなものが扱われることになるわけです。そしてハルヒの内面があまり描かれない(『涼宮ハルヒの憂鬱』でヒロインの内面吐露が一箇所だけ出てきて、その後は一切内面描写されなくなる)のに対して、スターガールの内面はかなり突っ込んで描かれます。ということで、日本のライトノベルからは少し離れた、正統的なYA小説ではあります。
ところで、この小説の語り手の男の子というのがかなり情けない。スターガールが一時的に学校の人気者になって、そこから村八分に転落する直前のタイミングで彼はスターガールと恋仲になるのですが、そのために彼も一緒にネグレクションを受ける羽目になります。最初は二人でなんとか事態を打開しようと頑張るのですが、彼はやがて諦めてしまい、そこから先はスターガールが一人で自分を貫いていく姿を傍観していくだけ。スターガールはおそらく少女小説なので、語り手の男の子は視点として利用されているだけなのだろうとは思いますが、それにしても情けない!
こうしてみると『ハルヒ』の語り手(キョン)というのは、傍観者の立場を保持しながらも、語りが相当に個性的だったし捻くれていて、そこがあのテキストの読ませどころだったんだろうなと再認識できました。

(太田記)

広告

フランス語ライトノベル翻訳のその後(2016)

2016/09/18

ここのところ、ライトノベルの英語翻訳からアメリカのヤングアダルト小説の話ばかりしていて他言語の話は放ってありました。先日、何気なく紀伊国屋のフランス語書籍の棚の横を歩いていたら、ライトノベルを見つけてしまいました!『狼と香辛料』『ソードアートオンライン』『ダンジョンで出会いを求めるのは間違っているだろうか?』『ログ・ホライゾン』が並んでいます。

img_0492 img_0493

そういえば、フランス語訳の有無を調べてから4年以上が経過しました。あのときは、かなり悲惨な翻訳状況だったのですが、さすがに状況が進んでようです。調べてみると、OFELBEというライトノベル専門レーベルが立ち上がっているではありませんか。現在、発刊も含めれば、

  • DANMACHI   -La Légende des familias  (ダンジョンで出会いを求めるのは間違っているだろうか)
  • Durarara!! (デュラララ‼︎)
  • Log Horizon (ログ・ホライゾン)
  • Spice & Wolf (狼と香辛料)
  • Sword Art Online  (ソードアート・オンライン)
  • The Irregular at Magic High School  (魔法科高校の劣等生)

の6シリーズが扱われています。フランス語訳なのに英語のタイトルだらけなのは少し不思議に感じられるかもしれませんが、フランスのオタク達の主流は、まず英語で情報を得ているということの反映なのかもしれません。(一部には、日本語を直接読んでいるオタクもいますけど、、)DANMACHIというタイトルが笑えますけれど、これも英語のオタクの世界でDANMACHIという略称が広がっていたからだと思われます。また、母国語優遇政策をとってきたフランスでも、最近は英語のタイトルをそのままにしてフランス語訳するケースが結構ありますから、無理してタイトルをフランス語に訳すことも無いのでしょう。

(実は、イタリアでもライトノベルの専門レーベルが立ち上がっているのですが、そのあたりの報告はローマで『僕は友達が少ない』のイタリア語訳をゲットしてきた大橋さんの投稿を待ちたいと思います。)

さて、ライトノベルの英語翻訳について調べていく中で突き当たった「ヤングアダルト小説という壁」については、今までの連載の中で何回か触れてきました。ごく大雑把にまとめれば、「アメリカのヤングアダルト小説の中には、ライトノベルっぽい小説は既にあったので、アメリカの読者にとってライトノベルはさほど目新しいものには映らなかったのではないか。特に、初期の拙い翻訳文では既存のヤングアダルト小説に対抗できなかったのではないだろうか」というものです。ライトノベルにしてもヤングアダルトにしても、消費文化の行き着く先は似たようなことになるのではないか、というのが私の抱いた感想でした。

で、この推測はフランス語の世界でも成立するんだろうか?というのが、私が以前から抱いていた疑念でもあります。フランスにしても消費文化の伝統はアメリカや日本などよりも長く、爛熟したというか腐った文化を培ってきたわけですから。ロマン・アドレサン(Roman Adolescents)という10代の若者向け小説市場というのも成立しています。このあたりは、言語能力の壁があって中々調べられないでいるのですが、ネットで引っかかった面白そうな事例を紹介しておきます。

 

“Un Amour de Geek”(オタクの恋)41eogjsnc6l-_sx349_bo1204203200_

もう、そのまんまのタイトルですけど、Amazonに載っていたあらすじも、タイトルそのまんまです。

「トーマスはオタクだ。彼はこれまで、実生活にうごめく不愉快なことを避け続けてきた: 退屈な学校ではフランス語の先生がうんたらかんたら。彼が抱えた問題は、彼が恋に落ちたエステルである。 彼女は馬の背に飛び乗り、森の中の光を愛し、旅することを夢見ている。コンピューターが大嫌いなエステルは、彼がスクリーンにもう近寄らないと誓わなければ彼とはデートしないという。」(一部翻訳できなかったので誤魔化しました。)

中身の文章は読んでいませんが、「自分の世界に引きこもっている男の子が活動的な女の子に引っ張り回される」というテーマは実にラノベっぽい。

“Blind Spot”(ブラインド・スポット)

51tpec8d2hl-_sx311_bo1204203200_

日本趣味の本だけを出す独立系出版社らしいのですが、このシリーズは舞台が東京で日本人の女子高生Ayakoが目の障害を乗り越えて声優を目指すというお話。マンガに見えるかもしれませんが、小説です。これを見ながら、フィリピンで見た「ラノベっぽい少女小説」を思い出してしまいました。この本をフィリピンの書店の少女小説の棚に並べて置いておいても、なんの違和感もなさそうです。

日本が舞台で日本人が主人公の小説がフランスで書かかれているというのは、不思議な感じがするかもしれません。でも、まあ、日本の少女マンガだって、70年代頃まではアメリカやフランスを舞台にして、アメリカ人やフランス人を主人公にした作品が量産されていた訳です。(そんな時代は知らないという人は、ぜひ萩尾望都全集を参照ください。できれば忠津陽子あたりの、笑ってしまうぐらいチープなアメリカ学園ドラマも読んでいただきたいと思いますが、入手は困難かもしれません。)文化的な思い入れが激しくなると、こうした現象も多々起こるということなのでしょう。ご存知のようにフランスにおける日本趣味は長く続いており、マンガの世界では10年ほど前にやはり日本が舞台で日本人が主人公(女子高生のKiyoko)の”Pink Diarly“(ピンク・ダイアリー)という作品が現れています。

51lphe-gotl-_sx353_bo1204203200_

この2作の事例を見ながら考えるのは、文芸の模倣は案外に簡単だということです。面白いと思った文芸を模倣して、自国の中に取り込んでしまう貪欲な力とでもいうのか。考えてみれば、アメリカのコミック文化を取り込んで成立したのが日本のマンガなのであれば、それが更に他国に取り込まれて咀嚼されてもなんの不思議もない訳です。フランス人が日本のアニメやマンガで馴染んだテーマやプロットを、そのまま小説で書くことも起こるでしょう。前掲の『ブラインド・スポット』なんていうのは、そういう例だと思います。そして、そのうちにフランス流に咀嚼された小説が書かれても不思議はないし、もうすでに書かれているかもしれない。そのとき、すでにある(前掲の『おたくの恋』のような)ロマン・アドレッサン小説とどれほどの違いが見られるのかというのは興味深い論点だと考えています。

(報告者:太田)


ライトノベルのようなアリス

2016/08/31

前回の報告で、ライトノベルから撤退したと思われていたSevenSeas社が『不思議の国のアリス』や『オズの魔法使い』をライトノベルの形式で出していたという話を書きましたが、先日何の気なしに調べてみたら、この話は昨年にネットに上がっていたし日本のアマゾンでも扱っていました。わざわざアメリカで見つける必要もなかったということで、報告者の不勉強を晒したということになります。だからという訳でもないんですが、実物を手にとって、もうちょっと詳しく紹介しておくことにしました。

IMG_20160824_0001

表紙はアニメ・マンガ風で、女の子の全身像。

IMG_20160824_0002_NEW

カラーの口絵が12ページ。

IMG_20160824_0004_NEW

本文の中に挿入されるマンガ風イラストもある。ということで、完全にライトノベルのフォーマットになっているんですが、ここであげたイラストは、オリジナルの『アリス』のイラストに対応していますね。『アリス』の挿絵で有名なのは初版のジョン・テニエルのもので、チェシャ猫だとかのキャラクターを決定づけた画家として有名です。テニエルの絵を収録している『アリス』を引っ張り出してきたのが、以下の写真ですが、同じ場面を絵にしているのが分かるかと思います。なお、英文はみた限り、オリジナルのまんまで、書き換えは無いようです。

IMG_20160824_0006_NEW

有名な、マッド・ティー・パティーの場面も対応していますけど、帽子屋がずいぶん若くてイケメンです。2010年の実写映画で帽子屋をやったジョニー・ディップが少し入ったんじゃないか、、、

IMG_20160824_0005_NEW

IMG_20160824_0007

こんなふうにイラストの多くは、オリジナルの挿絵をマンガ風に書き直しているという印象を持ちました。もちろん、オリジナルにないイラストもあります。次の、穴に落ちて行くシーンはその一つですが、この構図は見覚えありませんか?私はどうしても思い出せないのですが、これが参照している(というかパクっている)絵が分かる方がいればお知らせください。

IMG_20160824_0003_NEW

さて、こういうイラストは誰が描いているんでしょう。イラストレーターの名前は裏表紙に書いてあったので、その”Kris Sisson”で検索してみたところ、フィリピンの男性(顔写真を見ると、結構おっさん臭いです)で、米国・フィリピン・シンガポールなどで活躍している人と知りました。

http://www.gunshiprevolution.com

http://isangkutsarangmoe.deviantart.com

http://www.pixiv.net/member.php?id=2858681

グローバルかつ、マイノリティからのリソース調達ということになります。米国における「日本風コンテンツ」の今後を考える上で、示唆的な事例のように思えました。

(報告者:太田)


アメリカの書店にて2016

2016/06/20

サンフランシスコに来たので、再びライトノベルやヤングアダルト小説の書店調査をやってみましたが、、、どうも街中の大型書店は片端から閉店してしまった模様です。個性的な書店は幾つも健在なんです。例えば、ビート文学の拠点になったCity Lights Bookstoreは今も健在で、本棚や飾ってある写真を眺めているのが本当に楽しくなる本屋ですが、ヤングアダルトの書棚はありませんでした。

IMG_8994

IMG_9001

ビートの次に栄えたヒッピーの拠点になったヘイト・アシュベリー地区にも書棚が楽しい本屋がありましたが、グラフィックノベルは扱っていてもヤングアダルト小説の棚がない。

IMG_9033

 

IMG_9035

やはり、ある程度の大型書店にならないとヤングアダルトの棚は設置されないのでしょうね。それがヤングアダルトの現状の位置というか市場規模なのではないかと思います。そして、そのような大型書店はどんどん潰れていき、サンフランシスコはその潮流の最先端を行っているということなのでしょう。

気をとりなおして、ジャパン・タウンの紀伊国屋書店に行きましたら、、、

IMG_9040

さすがにアメリカ西海岸における日本文化発信の拠点、日本語マンガがずらりと並び、アメリカのギーク(おたく)共が買い漁っています。そして日本語のライトノベルの棚もちゃんとあるのですが、英語で喋りながら、それらを抜き取ってはパラパラめくっているアメリカ人ギークたちの姿には、感慨深いものがありました。

IMG_9041

さて、「新着英語版ライトノベル」という棚もあったので、じっくり見ましたが、、、

IMG_9047

アメリカの学校はこの時期に夏休みに突入ということもあってか「夏の読書 メンバー20%割引」なんて紙まで貼ってありました。昔の日本の学生さんたちは夏休みに難しい本を読んだもんなんですが、、、

並んでいる本は、すでに一連の投稿でご報告したものばかりでしたが、ちょっとそこから外れたものもチラホラ。一つは菊地秀行が結構人気です。菊池に関しては、すでにVizメディアから”Another”が出ているのですが、『バンパイア・ハンターD』などのシリーズがDark Horse Booksというレーベルから出ていて、それがズラリと並んでいます。この5月に第23巻まで出ているらしく、成功したと言えそうです。

IMG_9051

このほかにも田中芳樹の『銀河英雄伝』があるし、VizのHaikasoruレーベルからも幾つか並んでいました。

IMG_9062 (1)
それも、『ハルヒ』と『デュララ!』の間に神林長平の本が並んでいたりするのです。IMG_9054

日本人の我々は、菊池秀行やHaikasoruから出ているSFやファンタジーをライトノベルには通常含めません。でも、アメリカ人読者はイラストの有無に関わらず、こういった小説をライトノベルとひとくくりにする傾向はあるみたいです。

また、Verticalという出版社が西尾維新の『傷物語』を出していました。DelReiで戯言シリーズを出して失敗した講談社は、新しい出版社でやり直しということなのでしょうか。

IMG_9060

もうひとつ驚いたのが、ライトノベルから撤退したと思われていたSeven Sees社が、『不思議の国のアリス』と『オズの魔法使い』をライトノベル化して出版していたことです!つまり、不思議の国のアリスのテキストをそのまま使って、アニメ・マンガ風表紙とイラストをつけた出版。日本からコンテンツを輸入するのを止めて、スタイルだけをもってきて英語の古典テキストをはめ込んだという本。

IMG_9063 (1)

IMG_9065

実を言うと、マンガや小説は模倣が比較的簡単なので、コンテンツ輸入がある程度進むうちに、輸出先の自国産コンテンツがそれに取って代わるという事態もあり得るのではないかと思っていました。大塚英志などはかつて『「ジャパニメーション」はなぜ敗れるか』で、まさにそういう説を展開したことがあります。手描きアニメについては、アニメーターの集団としての技術とそれを育む文化の膨大な蓄積がものをいう世界なので、模倣の障壁はかなり高いと私は思っています。ですから、私は大塚の意見には全面的には与しません。しかし、ディズニーアニメのキャラクター造形が日本アニメに似てきたこと(キャラクターの目や瞳が昔に比べてかなり大きくなっています)や、宮崎アニメの影響が随所に見られるようになってきたことは、よく指摘されていることです。マンガ(アメリカ流に言えばグラフィック・ノベル)の場合は、相変わらず日本マンガの絵柄は広まりませんが、コマ割りの展開などは日本マンガに似せたものが出回るようになりました。言って見れば、日本からの輸入コンテンツが現地化したというか、消化されてきているのです。

それらに比べ、小説(テキスト)の模倣はかなり簡単です。現地化はそれほど困難とも思えません。何しろ、アメリカにはヤングアダルト小説というマーケットと作品群と作家たちがどんと控えているからです。彼らが、いったん「これはウケる」と確信しさえすれば、日本のライトノベルっぽい作品はあっという間にアメリカナイズされるのではないでしょうか。

ところが、今回のSevenSees社の戦略は、テキストの現地化などというまどろっこしいこともやめて、テキストを古典から引っ張ってライトノベルっぽく仕立てるという強引なもの。成功するような気はしませんけれど、コンテンツの輸出入という観点から、面白い事例だと思います。

(報告太田)


タイの書店にて(3)

2016/05/23

前回紹介した、バンコクの大手書店ですが、マンガはあまり見かけませんでした。マンガ本と活字の本の間には、敷居みたいなものがあるのかもしれません。そのマンガですが、道端の露天商ではよく見かけました。一冊50バーツですから、日本円にして150円くらい。

unspecified-4

これが、ライトノベルになると169バーツであったりしますから、一気に3倍になります。マンガより小説の方が価格がかなり高いというのは、ライトノベルの流通を考える上では考慮に入れておくべき背景だと思います。

東南アジアの国々は日本のコンビニが浸透していますが、中に入ってみるとバンコクでも地方都市でも少女小説をよく見かけました。写真のように、女性向けロマンス小説と「ライトノベルっぽい少女小説」が必ず置いてあります。しかし、ここで翻訳日本マンガを見たことはありません。タイの一般書籍の流通と、翻訳マンガの流通の違いについてはどこかで考えておくべき問題のように思えました。

unspecified-7

なお、その少女小説の横に、お坊さんマンガがよく並んでいたのは、仏教国家タイならではの風景かもしれません。

unspecified-6

unspecified-5

(報告:太田)

この記事は、JSPS科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究・15K12848「現代日本におけるメディア横断型コンテンツ
に関する発信および受容についての研究」/研究期間:平成27~29年度)の助成を受けた活動に基づいて執筆されています。


タイの書店にて(2)

2016/05/19
前回はアニメイトのバンコク店という、かなり濃い店の紹介をした訳ですが一般書店ではどうなっているのか。同じ地区の中のショッピングセンターには、幾つかの大型書店があるので、それらを訪ねました。
前回のフィリピンや多くの東南アジアの国とは異なり、タイは植民地化されたことがなく、近・現代を通じて王国が維持されたために言語もほぼ統一され、言語構成は比較的単純で書店の本はほぼタイ語です。(独自の言語を話す少数民族も残っていますけれど。)
B2Sという大手書店に入って、ティーン向けの棚に向かってみると、、少女小説が目立ちますねえ。
IMG_8482
IMG_8483
IMG_8490
翻訳ライトノベルの話は少し置いておいて、これらの少女小説を見ていると、フィリピン同様に大変にラノベっぽい。
IMG_8683
IMG_8443
アニメ・マンガ風の表紙、カラーイラストページ、会話文の多さ、そういう観点からなんですが、なんとBLばかり集まった棚まであって平積みもいっぱい!
IMG_8488
IMG_8679
この物量は一種壮観ですし、しかも店の中でもかなり目立つ位置にあります。タイの性規範が他国に比べて緩いということはよく言われる話ですが、それがこんな形でも現れているんだと、妙な感心をしてしまいました。
さて、少女小説をひとまず置いて、ティーン向け書籍を探査しているとライトノベルはやはり大量にありました。各レーベルが並んでいます。
IMG_8691
IMG_8476
IMG_8475
IMG_8510
IMG_8536
ここで、今回購入したライトノベルを上げておきますと、、、
IMG_8717
左上から右下にかけて、『僕は友達が少ない』『這いよれ!ニャル子さん』『Fate/Zero』『イリヤの空、UFOの夏』。日本で手に入りにくいレーベル(Luck)を2冊入れておいたという以外、ほとんど無作為のチョイスなんですが日本でも書店から消えたんじゃないかと思えるような本が、ぽんぽん出てくるのが面白い。
形態的には中台韓の翻訳同様、かなりオリジナルの体裁に近い書籍です。サイズも文庫本のものが主流。日本の文庫本ではもはや消えてしまった、縫込みされた紐の栞がついてます。
IMG_8724
さて、では少女小説と翻訳ライトノベル以外にはどんな書籍があるのか。どうも、タイ語オリジナルのライトノベルっぽい書籍も結構ある模様。たとえば、この”How to be Game Idol”(ゲームアイドルになる方法)という小説。折り込みカラーイラストにしても、会話体の多さにしても表紙から察せられる内容にしても、「いかにも」な感じです。著者名欄からみて、翻訳ではなさそうです。
ファイル 2016-05-19 13 15 21
ファイル 2016-05-19 13 26 57
ファイル 2016-05-19 13 27 20
ソード・アート・オンライン系のお話なんでしょうか?そこはよく分かりませんけれど、ヴァーチャル・ワールドが舞台なのであれば、確かにタイ語でその種の小説が書かれても何の不思議もありません。いや、学校・学園小説にしたって、タイにも学校がある以上、タイの書き手たちにハンディがあるとも思えません。戦後の日本で、アメリカから入ってきたSFに刺激されて日本のSF作家たちが育ったという話と似たようなことが、タイで起こってもまったく不思議はないのです。
他にも、ファンタジー系小説も一つの分野をなしているのですが、さらに中国っぽい小説が結構あります。具体的に言うと、漢字が表紙に書かれていたり(中身はあくまでもタイ語なんですが)、表紙に古めの中国人が描かれているような本です。これは、少女系恋愛小説っぽいのから、伝奇、武侠と男の子っぽいのまでレンジが広そうです。
IMG_8462
IMG_8459
IMG_8676
IMG_7943
IMG_8546
IMG_8461
タイには、かなり昔から中国人が住んでいて、現在の華人系タイ人は一割ぐらいだろうと言われていますし、経済や文化の分野ではその数字以上に存在感があるとされています。そういう事情が反映しているのでしょうか。
ともかくも、女の子向け小説にしても男の子向け小説にしても、タイには豊かなマーケットがもともとあって、そこにライトノベルであるとか、BL小説だとかが上手く根付いているんじゃないか。そんな気がしたことは確かです。あくまでも、私の主観的な感想の範囲ですが、、、
最後に、B2Sでの(おそらく)女の子向け小説のベストテンは以下のようなものらしいです。
IMG_8711
(報告:太田)

タイの書店にて(1)

2016/05/14

都合があり、タイに来ています。

タイでのライトノベルについては、ラノベ研の主催者の一人である山中先生が、タイ人留学生をインフォーマントとして調査を続けていて、結構な量の日本のライトノベルが翻訳されていることは分かっているのですが、やはり現地で売られている現場を見ておきたい。バンコクで時間ができたので例によって、書店巡りということになりました。
IMG_8642
実は、この2月にアニメイト・バンコク支店が開店しています。大型ショッピングセンターの立ち並ぶサイアーム地区のマーブンクローン・センターの7階。行ってみると、同じフロアにはメイドカフェまであるではありませんか。アニメイト前には座り込んで何やらやっている一団も。コスプレをしている?
IMG_8558 (1)
IMG_8550
IMG_8673
IMG_8675
日本語しか書いていない販促立て看などもあって、日本のダメな文化が着々とタイを侵食中なのは、よく理解できました。
IMG_8674
店内、マンガに並んでライトノベルが棚いっぱいに並んでいました。原語の日本語と、タイ語翻訳のものがそれぞれに別の棚で並んでいます。
IMG_8556 (1)
山中先生の踏査によれば十近いレーベルから1000点以上の作品が翻訳されているというのですが、まあ納得できる物量です。そして、ここまであれば、「片っ端から翻訳されている」という感じにはなります。
ということでタイに日本ライトノベルの翻訳が大量にやって来ていることは、アニメイトに来れば大変によく分かります。ただ、「おたく」に特化した店ではなくて、フツーの店ではどうなのか?次回は、そこらあたりを報告してみたいのですが、帰国してからの投稿になるかもしれません。
(報告:太田)

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。