アメリカのYA小説その後(2017)

2017/09/06

かなり前に、アメリカのヤングアダルト小説(YA)の話を書いていましたが、少し書き足しておきます。

まず、以前に紹介した”Me and Earl and the dying girl”(『僕とアールと死んでいく女の子』)
https://societyforlightnovel.wordpress.com/2016/02/17/アメリカのヤングアダルト小説1/
の日本語翻訳が8月に出版されています。

金原瑞人訳『ぼくとあいつと瀕死の彼女』ポプラ社、2019年

金原先生、やはり目をつけていらっしゃいましたか。

訳文はかなり、はっちゃけていて良い感じです。

I have no idea how to write this stupid book. (原文 p.1)
いったい、どう書けばいいんだよ。こんなくだらない話。(金原訳 p.6)

うまいなあと感心したんですが、原文と比較しながら読んでいるうちに、翻訳の恣意性というか、訳文の妥当性みたいなものについて少し考え込みました。口語に寄せすぎているようにも思えるのです。例えば、以下の訳文:

It was incredible. (原文 p.81)
すっげぇよかった。(金原訳 p.6)

原文はいかようにでも訳せるかとは思います。「信じられなかった」とか「途方もなかった」とか選択肢はかなりありますが、その中から主人公の口調として最適なものとして訳者が選んだ結果としての「すっげぇよかった」なのです。問題は、それが主人公の「語り」として妥当なのかどうかということ。

主人公は、中流のユダヤ人家庭に育っていて(作者も中流ユダヤ人)、グレている訳でもない。父親は週に一コマしか授業していないとはいえ大学教授だし、母親はNGO職員でインテリっぽい。その母親の言うことに主人公はいつも渋々ながらも従っている。黒人の崩壊家庭のアールとは付き合っているけど、悪いことには手を出さず二人で映画を撮っている。アールの家にはいくらでも転がっている、タバコにも酒にもドラッグにも手は出していない。根が真面目なんだろうなという印象です。

主人公の語りが途中で箇条書きになったりしますが、「ちゃんとした文章にするのが面倒臭いので後は箇条書きにしとくわ」のような主人公の身振りの背後に、要点をまとめてノートに取っておくのが癖になっている優等生根性みたいなものもチラチラします。つまり、この主人公は自身の語りにsucks(金原訳「サイテー」)みたいな俗語を多用していますけれど、真面目な子が少し無理して俗っぽく語っている印象が強い。というか、語りの中のそういう俗語表現のギャップみたいなものを楽しむ小説であるような気がするのです。しかし、金原訳は全体を口語表現に寄せます。例えば、以下の文章です:

In fact, high school is where we are first introduced to the basic existential question of life: How is it possible to exist in a place that sucks so bad? (原文p.5)
だって、高校ってところは人生で誰もが抱くこういう疑問に初めてぶち当たる場所だから。どうやったらこんなサイテーなところで生きていけるんだ?(金原訳)

“the basic existential question of life”が「人生で誰もが抱くこういう疑問」と訳されてます。以前、私がこの本を紹介した時にはこの翻訳本は出てませんでしたから、私は勝手にこの部分を「人生の基本的実存的問題」と訳しておきました。原文にはexistentialという少し硬めの単語が使われる一方で、その直後の太文字部分ではa place that sucks so bad(クソみたいに最悪な場所)という俗語(sucks)混じりの表現が出てきますから、そのギャップみたいなものを強調してみた訳です。金原さんの訳「the basic existential question of life/人生で誰もが抱くこういう疑問」では砕いて訳しすぎじゃないのか。そんなことを思いました。

ただ、まあ、ラノベ的な文章に慣れた日本の読者相手には丁度良いのかなとも思えます。翻訳では、誰が読むのかを考えて、そこに合わせて訳文を考えていかなければならないのですが、今の日本の標準的な若い読者層を考えた場合、こういう語りで読ませてしまうのも十分ありなのかなとも思えました。

ともあれ、英語でしか読めなかった時にはなかなか人にオススメできなかったのですが、これで気楽にオススメできます。是非どうぞ。

*****

次に、アメリカの本屋のYAの棚をぶらぶら歩いていて、「書店員のオススメ」みたいなポップを頼りに本を漁っていたらこんな本にぶち当たりました。Jerry Spinelli “Stargirl” Ember

2000年の作品なので決して新しい小説ではありませんが、書店員がオススメするということは、流行り廃れが激しいYAの中での古典的なポジションの作品なのかもしれません。よくよく調べると、日本語の翻訳も出てました(『スターガール』2002年、理論社)。面白かったので、英語で読み切っています。

読み始めてすぐに「これはMPDG(マニック・ピクシー・ドリーム・ガール)じゃないか!」と驚きました。MPDGについては https://societyforlightnovel.wordpress.com/2016/03/08/アメリカのヤングアダルト小説(5)/ でも紹介しましたが、日本語で雑に訳すと「躁的不思議ちゃん」。一言で言えばエキセントリックで突拍子も無いことを言ったり実際にやっている女の子に、平凡な男の子が振り回される話です。実際、慌てて検索してみたら、これはMPDGの元祖的な作品だとしている人もいました。

Stargirlではヒロインは奇妙奇天烈な衣装で学校に現れて(アルプスの少女ハイジっぽかったり、キモノだったり、西部開拓時代の格好だったりします)、背中にはウクレレを背負っていて、昼休みの食堂ではその日の誕生日の生徒のために「ハッピバースデー、トゥーユー」を歌い、数学の授業では突然、自作の「二等辺三角形の歌」を歌ったりします。当然生徒たちはドン引きなのですが、彼女は全く意に介していない(ように見えます)。学校中が彼女の存在をいぶかしむ描写が続く中で、以下のような文章が出てきます(太田訳):

雲ひとつない学校の上空にたった一言が浮かんでる感じだ。

          はあ?

以前MPDGを紹介した際に、涼宮ハルヒの翻訳ノベルがアメリカで例外的に売れたのは、もともとああいうキャラクターはMPDGとしてアメリカのYA市場では普通に受け入れられていたからということを書いた私としては、ちょっと見逃せません。そう言えば、ハルヒの翻訳本の表紙はこの本の表紙に雰囲気がかなり似ていませんでしょうか?おそらく出版社も似たような読者層を狙ったものと思われます。考えてみるとハルヒの出版は2003年なので書かれた時期もかなり近いのです。

もっとも似ているのはヒロインがぶっ飛んでいて、周りとズレているというところだけで、話の内容は『ハルヒ』とはかなり違います。
ハルヒはサブカル系の事柄(タイムトラベル、宇宙人、超能力者etc)に固執しますが、スターガールが固執するのは「親切」とか「思いやり」。そして、ハルヒが一般の生徒からは変人扱いされて放っておかれているのとは対照的に、スターガールは学校中からネグレクションを受けます。同調圧力と、それに従わない者を村八分にする学校社会問題みたいなものが扱われることになるわけです。そしてハルヒの内面があまり描かれない(『涼宮ハルヒの憂鬱』でヒロインの内面吐露が一箇所だけ出てきて、その後は一切内面描写されなくなる)のに対して、スターガールの内面はかなり突っ込んで描かれます。ということで、日本のライトノベルからは少し離れた、正統的なYA小説ではあります。
ところで、この小説の語り手の男の子というのがかなり情けない。スターガールが一時的に学校の人気者になって、そこから村八分に転落する直前のタイミングで彼はスターガールと恋仲になるのですが、そのために彼も一緒にネグレクションを受ける羽目になります。最初は二人でなんとか事態を打開しようと頑張るのですが、彼はやがて諦めてしまい、そこから先はスターガールが一人で自分を貫いていく姿を傍観していくだけ。スターガールはおそらく少女小説なので、語り手の男の子は視点として利用されているだけなのだろうとは思いますが、それにしても情けない!
こうしてみると『ハルヒ』の語り手(キョン)というのは、傍観者の立場を保持しながらも、語りが相当に個性的だったし捻くれていて、そこがあのテキストの読ませどころだったんだろうなと再認識できました。

(太田記)

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シンポジウム『ライトノベル研究の現在』:日本近代文学会東海支部第58回研究会(2017年3月4日)

2017/02/20

来る3月4日(土)、名古屋大学東山キャンパスにて、シンポジウム『ライトノベル研究の現在』(日本近代文学会東海支部・JSPS科研費「現代日本におけるメディア横断型コンテンツに関する発信および受容についての研究」共催シンポジウム)が開催されます。詳細は以下の通りです。

【趣旨説明】

2000年代半ばに大塚英志や東浩紀、新城カズマといった批評家、作家たちによって語られていたライトノベルは、一柳廣孝・久米依子編『ライトノベル研究序説』(青弓社、2009)以降、学術研究の対象としてこれらの作品群をどのように扱うのかについて、具体的な方向性が模索されるようになった。その中で、ライトノベルは小説としての問題だけではなく、マンガやアニメーション、実写映画、インターネット上の動画サイト、ポピュラー音楽など、さまざまなメディアとの関わりを踏まえて考える必要性が浮き彫りになっている。この他にもライトノベルの作品群には、多様な問題系が見いだされる。具体的には、児童文化とヤングアダルト文化との断続をめぐる問題、海外への広がりと翻訳、青少年文化におけるジェンダーのあり方、「ラノベ読み」と呼ばれる読者たちがインターネット上を中心に編成されてきたライトノベルの「歴史」をどのように検証するかなどである。また近年では、いわゆる「ライト文芸」の出現や、ライトノベルがweb小説、時代小説に接続したことを受けて、当初ライトノベルが想定していた中高生にとどまらない幅広い年代に読者が拡散した。その意味でライトノベルは、現代において編成されている物語を考える上で欠かせない作品群として、今なお成長し続けているのである。本シンポジウムでは、こうしたライトノベルの状況を見据えながら、研究の現在と、これからどのように現代の物語を論じることができるのかについて、その方向性を探っていく。フロアも交えた質疑も行うため、積極的な議論を期待したい。

【基調報告要旨】

接点としての児童文学
―如月かずさ作品を軸に

大島 丈志

児童文学作家如月かずさは、『ライトノベル・フロントライン』第2号(2016年)のインタビューの中で、幼少期からゲームを自作し、高校時代よりライトノベルを読み、創作にあたり、ライトノベルの文体を意識しているとする。同時に、日本児童文学者協会新人賞を受賞した『カエルの歌姫』(2011年)の受賞者コメントでは、「漫画やライトノベルではできない物語」(『日本児童文学』日本児童文学者協会、2012年8月)が創作の出発点と述べる。この点から如月がライトノベルと児童文学の境を意識した作家であることが分かる。 一方で、如月かずさの作品には、様々な「サブカルチャー」が内在している。『カエルの歌姫』は、中学生の性の揺らぎ、友達との日常を描く。さらに、ライトノベル・ゲーム・マンガといった「サブカルチャー」が作品内にちりばめられている。如月作品において、ライトノベルをはじめとする「サブカルチャー」がどのように内在しているのか、それらを使用することが、どのような世界観を生み出すのか。『カエルの歌姫』を軸にして、同時期に発表された他の如月の作品も参照しつつ読みといていく。

アニメ文化が育んだ文庫レーベルの〝位置〟
―「アニメージュ文庫」からみえるもの

山中 智省

徳間書店が発行する『アニメージュ』(1978年5月創刊)と言えば、日本を代表するアニメ雑誌の一つである。この雑誌と同じ名を冠する文庫レーベル「アニメージュ文庫」は、アニメ・ファンを想定読者として1982年12月に創刊された。当初のアニメージュ文庫は、内容の異なる5つの部門(NOVEL・CHARACTER・FILM・PEOPLE・THE BEST)を擁しており、『アニメージュ』との連携を図りつつ、多種多様な刊行物を世に送り出していた。例えば、アニメ作品のノベライズやオリジナル小説のほか、人気キャラクターの写真集、傑作アニメのフィルムブック、アニメーターや脚本家の自伝など、そのラインナップは多岐にわたる。さらに、アニメージュ文庫はアニメ文化との繋がりが強い文庫レーベルの性格上、視覚メディアと活字メディアに跨った作品展開・作品受容を促し、現代のメディア横断型コンテンツの発展にも寄与してきたと考えられる。本発表では、アニメージュ文庫が創刊された1980年代を中心にその実態と特徴を明らかにし、当時の児童文化・青少年文化、ならびに後のライトノベルに繋がっていく若年層向け小説の流れにおいて、どのように位置づけられるのかを考察していく。

ライトノベルの韓国語翻訳のあり方についての考察
―渡航のライトノベル『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』を中心に

田 泰昊

韓国での日本文学の受容は、1990年代の村上春樹のヒットから増え始め、2000年代からは若者層を中心に高い人気を得るようになっている。そのうち、ライトノベルの部数の増加は特に目立つものであり、2008年には韓国で翻訳された日本の小説全体の約50%を占めるほどになった。ただし、ライトノベルの場合、出版元の多くが、マンガやアニメ関連の出版社で、他の日本文学の翻訳の様相とは異なる場合があると見られる。例えば、翻訳者が既存の文学作品の翻訳者と異なり、元マンガ翻訳者であったり、翻訳の経験は皆無だがマンガやアニメに詳しい人であるという理由で担当になったりするケースがある。このような状況は翻訳の質や具体的な翻訳のあり方にも影響を及ぼすと考えられる。ライトノベルの翻訳に関する研究はすでに2点(허경숙 2010; 김애연 2012)あるが、これらの研究はあくまでも韓国の通訳翻訳大学院で行われたもので、主に翻訳の誤りを指摘し、正しい翻訳の例を提示することに止まっていた。そこで本発表では渡航のライトノベル『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』を中心に、実際の韓国語での翻訳がどのように行われているかを具体的に提示し、そこに見られる問題点について考察したい。

(以上、案内資料より引用)

【文責:山中】


フランス語ライトノベル翻訳のその後(2016)

2016/09/18

ここのところ、ライトノベルの英語翻訳からアメリカのヤングアダルト小説の話ばかりしていて他言語の話は放ってありました。先日、何気なく紀伊国屋のフランス語書籍の棚の横を歩いていたら、ライトノベルを見つけてしまいました!『狼と香辛料』『ソードアートオンライン』『ダンジョンで出会いを求めるのは間違っているだろうか?』『ログ・ホライゾン』が並んでいます。

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そういえば、フランス語訳の有無を調べてから4年以上が経過しました。あのときは、かなり悲惨な翻訳状況だったのですが、さすがに状況が進んでようです。調べてみると、OFELBEというライトノベル専門レーベルが立ち上がっているではありませんか。現在、発刊も含めれば、

  • DANMACHI   -La Légende des familias  (ダンジョンで出会いを求めるのは間違っているだろうか)
  • Durarara!! (デュラララ‼︎)
  • Log Horizon (ログ・ホライゾン)
  • Spice & Wolf (狼と香辛料)
  • Sword Art Online  (ソードアート・オンライン)
  • The Irregular at Magic High School  (魔法科高校の劣等生)

の6シリーズが扱われています。フランス語訳なのに英語のタイトルだらけなのは少し不思議に感じられるかもしれませんが、フランスのオタク達の主流は、まず英語で情報を得ているということの反映なのかもしれません。(一部には、日本語を直接読んでいるオタクもいますけど、、)DANMACHIというタイトルが笑えますけれど、これも英語のオタクの世界でDANMACHIという略称が広がっていたからだと思われます。また、母国語優遇政策をとってきたフランスでも、最近は英語のタイトルをそのままにしてフランス語訳するケースが結構ありますから、無理してタイトルをフランス語に訳すことも無いのでしょう。

(実は、イタリアでもライトノベルの専門レーベルが立ち上がっているのですが、そのあたりの報告はローマで『僕は友達が少ない』のイタリア語訳をゲットしてきた大橋さんの投稿を待ちたいと思います。)

さて、ライトノベルの英語翻訳について調べていく中で突き当たった「ヤングアダルト小説という壁」については、今までの連載の中で何回か触れてきました。ごく大雑把にまとめれば、「アメリカのヤングアダルト小説の中には、ライトノベルっぽい小説は既にあったので、アメリカの読者にとってライトノベルはさほど目新しいものには映らなかったのではないか。特に、初期の拙い翻訳文では既存のヤングアダルト小説に対抗できなかったのではないだろうか」というものです。ライトノベルにしてもヤングアダルトにしても、消費文化の行き着く先は似たようなことになるのではないか、というのが私の抱いた感想でした。

で、この推測はフランス語の世界でも成立するんだろうか?というのが、私が以前から抱いていた疑念でもあります。フランスにしても消費文化の伝統はアメリカや日本などよりも長く、爛熟したというか腐った文化を培ってきたわけですから。ロマン・アドレサン(Roman Adolescents)という10代の若者向け小説市場というのも成立しています。このあたりは、言語能力の壁があって中々調べられないでいるのですが、ネットで引っかかった面白そうな事例を紹介しておきます。

 

“Un Amour de Geek”(オタクの恋)41eogjsnc6l-_sx349_bo1204203200_

もう、そのまんまのタイトルですけど、Amazonに載っていたあらすじも、タイトルそのまんまです。

「トーマスはオタクだ。彼はこれまで、実生活にうごめく不愉快なことを避け続けてきた: 退屈な学校ではフランス語の先生がうんたらかんたら。彼が抱えた問題は、彼が恋に落ちたエステルである。 彼女は馬の背に飛び乗り、森の中の光を愛し、旅することを夢見ている。コンピューターが大嫌いなエステルは、彼がスクリーンにもう近寄らないと誓わなければ彼とはデートしないという。」(一部翻訳できなかったので誤魔化しました。)

中身の文章は読んでいませんが、「自分の世界に引きこもっている男の子が活動的な女の子に引っ張り回される」というテーマは実にラノベっぽい。

“Blind Spot”(ブラインド・スポット)

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日本趣味の本だけを出す独立系出版社らしいのですが、このシリーズは舞台が東京で日本人の女子高生Ayakoが目の障害を乗り越えて声優を目指すというお話。マンガに見えるかもしれませんが、小説です。これを見ながら、フィリピンで見た「ラノベっぽい少女小説」を思い出してしまいました。この本をフィリピンの書店の少女小説の棚に並べて置いておいても、なんの違和感もなさそうです。

日本が舞台で日本人が主人公の小説がフランスで書かかれているというのは、不思議な感じがするかもしれません。でも、まあ、日本の少女マンガだって、70年代頃まではアメリカやフランスを舞台にして、アメリカ人やフランス人を主人公にした作品が量産されていた訳です。(そんな時代は知らないという人は、ぜひ萩尾望都全集を参照ください。できれば忠津陽子あたりの、笑ってしまうぐらいチープなアメリカ学園ドラマも読んでいただきたいと思いますが、入手は困難かもしれません。)文化的な思い入れが激しくなると、こうした現象も多々起こるということなのでしょう。ご存知のようにフランスにおける日本趣味は長く続いており、マンガの世界では10年ほど前にやはり日本が舞台で日本人が主人公(女子高生のKiyoko)の”Pink Diarly“(ピンク・ダイアリー)という作品が現れています。

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この2作の事例を見ながら考えるのは、文芸の模倣は案外に簡単だということです。面白いと思った文芸を模倣して、自国の中に取り込んでしまう貪欲な力とでもいうのか。考えてみれば、アメリカのコミック文化を取り込んで成立したのが日本のマンガなのであれば、それが更に他国に取り込まれて咀嚼されてもなんの不思議もない訳です。フランス人が日本のアニメやマンガで馴染んだテーマやプロットを、そのまま小説で書くことも起こるでしょう。前掲の『ブラインド・スポット』なんていうのは、そういう例だと思います。そして、そのうちにフランス流に咀嚼された小説が書かれても不思議はないし、もうすでに書かれているかもしれない。そのとき、すでにある(前掲の『おたくの恋』のような)ロマン・アドレッサン小説とどれほどの違いが見られるのかというのは興味深い論点だと考えています。

(報告者:太田)


『大正月光綺譚 魔術少女あやね』2月6日発売

2015/01/30

新刊の告知です。
弊研究会に参加している大橋崇行が、2月6日に辰巳出版より刊行が開始される新レーベル「T-LINEノベルス」で、創刊作品の1点として『大正月光綺譚 魔術少女あやね』を発売します。
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T-LINEノベルスHP こちら
Amazon こちら
イラストは時雨さんが担当されています。 こちら

T-LINEノベルスは、文芸書が刊行してきたようなSF、ファンタジー、ミステリ、ホラーといった小説に、ライトノベルが持っているようなキャラクター性を取り入れていこうというコンセプトで、毎月2~3冊ずつ作品を刊行していくことになります。
他の創刊作品は、十文字青先生の『実存系ドグマストラ 1.勇者タケジョーの青き流転』、穂篠一先生の『D-Gravity』となっております。
弊会で重ねてきた議論も、さまざまなところで編集に活かされておりますので、ぜひお手にとってご覧下さい。

また、このレーベルから刊行される作品には、それぞれオリジナルの楽曲がついたPVが作成されております。
『あやね』PV

ニコニコ動画 こちら

『あやね』の楽曲制作はMinstrelさん こちら
歌はLIQU@。さん こちら
となっております。こちらのほうもぜひ、ご覧になって下さいましたら幸いです。

それでは、どうぞよろしくお願い申し上げます。

【文責】:大橋


大橋崇行『桜坂恵理朱と13番目の魔女』(2月14日発売、彩流社)サイン本頒布、サイン色紙展示

2014/02/07

本会会員の大橋崇行による新刊、『桜坂恵理朱と13番目の魔女』についての続報です。
(↓詳しくは画像をクリックしてください)

サイン本の頒布、および、サイン色紙を展示してくださる書店さん、アニメショップさんが決まりました。
サイン本には数に限りがございますので、お早めにお願いいたします。
以下、取り扱って下さる店舗のリストです。

【サイン本頒布・色紙展示】
[東京都]
・書泉ブックマート(神保町) 様
・文教堂アニメガ武蔵境駅前店 様
・アニブロゲーマーズ町田店 様
・とらのあな秋葉原A店 様
・アニメイト秋葉原店 様
・メロンブックス秋葉原店 様
・ブックファースト新宿店 様
[神奈川県]
・有隣堂横浜駅西口 様
[静岡県]
・イケヤ文楽館高林店(浜松市) 様
[京都府]
・文教堂アニメガ京都店 様
[大阪府]
・アニブロゲーマーズなんば店 様

【サイン本頒布】
[東京都]
・アニブロゲーマーズ 池袋店 様
・アニブロゲーマーズ 新宿店 様
・とらのあな新宿A店 様
・三省堂神保町本店 様

【色紙展示】
[東京都]
・書泉ブックタワー(秋葉原) 様
・有隣堂秋葉原店 様
・アニブロゲーマーズAKIHABARA店 様
・アニメイト池袋店 様
・紀伊國屋書店新宿南店 様
・COMIC ZIN新宿店 様
[群馬県]
・戸田書店藤岡店 様
[千葉県]
・ときわ書房本店(船橋市) 様
[神奈川県]
・有隣堂アトレ川崎店 様
・あおい書店川崎駅前店 様
[愛知県]
・アニブロゲーマーズ名古屋店 様
・アニメイト名古屋店 様
[大阪府]
・とらのあななんばA店 様
[兵庫県]
・ジュンク堂三宮店 様

以上となります。
お近くにお越しの際には、ぜひ覗いて下さいましたら幸いです。

また、これ以外の書店さん、アニメショップさんでは通常版の販売のみとなりますが、
ポストカードの配布や、B4版店頭用ポスターの掲示がある場合がございますので、
詳しくはお店のほうにお訊ねください。

それでは、どうぞよろしくお願い申し上げます。

【文責:大橋】


大橋崇行『桜坂恵理朱と13番目の魔女』2月14日発売です

2014/02/04

告知です。
ライトノベル研究会のメンバー、大橋崇行による3冊目の小説が、
2014年2月14日に発売となります。

タイトルは『桜坂恵理朱と13番目の魔女』(彩流社)。
イラストは、名古屋を中心に活動されている沙紅さんが描いて下さいました。
(沙紅HP「A Cozy Garden」: http://cozygarden.web.fc2.com/ )

1980年代のジュブナイルSFを、もし現代風に書いたら…というコンセプトがあったので、
イラストもそれを思わせる画風の方にお願いしました。

内容は、現代のネットワーク社会を舞台に、「魔女」をめぐって次々に起こる事件を、
主人公の葉山秀司が解決しようと試みる…という「SF幻想ライトノベル」。
「SF幻想ライトノベル」というのはなかなかに馴染まない言葉かもしれませんが、
その点は、読んでからのお楽しみということで。
(↓詳しくは、下の画像をクリックして下さい)

版型は四六版、定価は1500円となります。
書店さんでは、やや大きめのライトノベル棚、もしくは、
SF小説の棚に置いて頂けるのではないかと思います。

詳しい情報は、大橋崇行のブログ(http://mitsukikioi.blog89.fc2.com/)または、
ツイッター(アカウント: @oh_mitsukitei)にて、随時お知らせいたします。

書店、アニメショップ等で見かけられた際には、
ぜひお手にとってご覧下さいましたら幸いです。

それでは、どうぞよろしくお願い申し上げます。

【文責:大橋】


「コンプティーク」創刊30周年に思う~『聖エルザクルセイダーズ』を忘れない~

2013/11/09

「艦これ」関連の話題が何かと熱い、今日この頃のKADOKAWA周辺。既に「艦これ」は、アニメ化、コミック化、ゲーム化、ラノベ化など、「これが私の全力全開!!」的なメディアミックスが決定しており、ファンブックやアンソロ集が続々刊行されるなど、KADOKAWAの次期主力コンテンツとしての地位を着々と築きつつありますね。「艦これ」付録が付いた「コンプティーク」10月号が重版を果たしたのは記憶に新しいですし、次はどんな展開が待っているのやら…。まあ全力全開な勢いも大事ですが、ぜひ誤植も全力回避でお願いしたい所です(汗)

さて、そんな「艦これ」で盛り上がるKADOKAWAの月刊誌「コンプティーク」の30周年新生記念号が、本日11月9日に発売となりました。10月号から続く「艦これ」の特集・付録、生誕25周年を迎える『ロードス島戦記』とTYPE-MOONのコラボなど、ファンにとっては見過ごせない内容ですね。また「創刊30周年記念企画 コンプ魂」では、創刊メンバーの対談や業界関係者のインタビューなど、「コンプティーク」の歴史を振り返る上で興味深い発言も掲載されています。10月号のように即日完売はないと思いますが、店頭で見かけた際は早めに入手した方がいいかもしれません。

コンプティーク 2013年 12月号 [雑誌] コンプティーク 2013年 12月号 [雑誌]

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30周年新生記念号ということで、個人的には「「コンプティーク」の歴史について何か掲載されないかな?」と期待していました。これは上記の「創刊30周年記念企画 コンプ魂」で達成されたので特に問題はないのですが、一方で「やっぱりなぁ~」と思える点があったのも事実です。例えば『ロードス島戦記』とTYPE-MOONのコラボ企画内に掲載された解説付年表「琥珀さんたちと振り返るコンプティーク30年の歴史」。1980年代の欄に目を向けると、TRPG版『ロードス島戦記』の連載開始はもちろん、読者参加企画「ロボクラッシュ」「トップをねらえ!」まで記載があるものの、アノ作品への言及は残念ながら見受けられませんでした。簡略年表ゆえ仕方ないと分かってはいるのですが、このままだとアノ作品は完全に忘却されそうな気がしてなりません…。

あ、ちなみにアノ作品とはこれのことです。松枝蔵人『聖エルザクルセイダーズ』。かつての「コンプティーク」で連載されていた同作ですが、掲載期間は1987年4月号~88年12月号までで、ちょうど『ロードス島戦記』の第2部と同時期に誌面を飾っていました。Twitterなどで「懐かしいラノベ作品を教えろ」とか「初めて読んだラノベ作品は?」といった話題が出ると度々目にする作品ですので、もしかするとタイトルだけどこかで聞いた記憶があるかもしれません。

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では、なぜ『聖エルザクルセイダーズ』は忘却されてほしくないのか。その理由は、現在のライトノベルにとって黎明期とも言える1980年代後半にあって、同作が神坂一『スレイヤーズ』にも比肩する特徴的な作品であった点に見出すことが出来ます。詳細は、現在発売中のライトノベル研究会新刊『ライトノベル・スタディーズ』(青弓社)所収の拙稿「ライトノベル史再考―『聖エルザクルセイダーズ』に見る黎明期の様相から」で扱っていますのでご参照頂ければと思いますが、例えば作品消費の在り方など、現在に通じるところが多々見受けられます。具体例はいくつかあるものの、ここでは拙稿で扱いきれなかった興味深い事例を少々ご紹介したいと思います。


【聖地巡礼!?作品舞台を訪問する読者】

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1987年11月号の読者投稿欄より。連載に登場した「東郷記念公園」の現地写真を投稿した読者がいた模様。今も昔も、作品世界と接続可能な場に向かいたい心理は変わらないのかもしれません。

【抱き枕…ではない?等身大イラストを作成する猛者出現】
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1988年12月号の読者投稿欄より。『聖エルザクルセイダーズ』連載時にはキャラクターイラストの投稿が多数見受けられます。しかし、なかでもこれはインパクトが強く、著者自身まで登場して大きさを比較するという事態に。世が世なら、そのまま抱き枕カバーになりそうな代物です。

【キャラクターは作品を越えて…企業広告にちゃっかり登場】
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「コンプティーク」1988年1月号の巻頭広告(「このごろの斉藤さんのPC-88プライベートライフ!!」の一コマ)より。NECのPC-8800シリーズの広告を、『聖エルザクルセイダーズ』のイラスト担当であったBLACK POINT(伊東岳彦)氏が手がけた際に実現。現在では企業とのタイアップ広告をよく見かけますが、当時にあってはなかなか珍しかったのではないでしょうか(*「コンプティーク」限定掲載の広告であったかは調査中)。あ、そういえば『ラピュタ』のソーダ広告とかありましたか…。

1980年代後半の「コンプティーク」というと、どうしても同時期連載の『ロードス島戦記』に目が向きがちです。まして現在は、生誕25周年で様々な企画が進行中ですから仕方がない面はあります。しかし、実は上記のような作品が当時存在し、「コンプティーク」の歴史に、そしてライトノベルの歴史にも関わりがあったことを、創刊30周年という節目に気に留めて頂ければと思います。

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≪追記≫
『聖エルザクルセイダーズ』の連載を終えた松枝蔵人氏は、その後も「コンプティーク」で冒険アクションもの『パンゲア』の連載を手掛けていました。

パンゲア

マイナー度で言えば同作の方が高いかもしれません。どうかこちらも忘れないように…。

【文責:山中】


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