ラノベ史探訪(7)-「角川文庫のファンタジーフェア」とは?

1980年代後半~90年代初頭の(ライトノベルを含む)若者向け小説について語ろうとすれば、当時巻き起こっていたファンタジー・ブームの話題は避けて通ることができないでしょう。詳細は割愛しますが、このブームがライトノベルに大きな影響を与えたのは確かです(例えば先に紹介した「ドラゴンマガジン」や「ザ・スニーカー」が、創刊当初からファンタジー路線を採っていたのも無関係ではありません)。とりあえず、もし「当時の状況について述べなさい」的な記述問題が試験に出た場合、書かなければ減点されるキーワードの一つ…くらいの重要事項だと考えて頂いて差し支えないかと。

さて、そんなファンタジー・ブームとライトノベルの関係を実際に調べようとすれば、かなり高い確率で突き当たる出来事があります。すでに表題にもあるのでお気づきかと思いますが、1986年から角川文庫が実施したファンタジーフェアです。その存在自体は大森望・三村美衣『ライトノベル☆めった斬り!』(太田出版 2004年12月)などの関連書籍やネットで言及されていますので、もうご存知の方も多いはずです。ところが頻繁に言及されている反面、その詳細や反響等についてはまだまだ知られていない部分が多いのではないでしょうか。今回のコラムではこのファンタジーフェアにスポットを当て、少しでも概要を掴めるように進めていきたいと考えています。最後までお付き合い頂けましたら幸いです。

【ファンタジーフェアの開始】


(「朝日新聞」1986年8月24日朝刊掲載の角川文庫広告)


(「獅子王」1986年10月号掲載の角川文庫広告)

角川文庫のファンタジーフェア開催は1986年8月のことでした。当該時期に出されていた角川文庫の広告を確認すると、「ようこそ、王国へ。ヒーローが、ヒロインが、夢より速く駆け抜ける。角川文庫の新世界。それは、ファンタジーの王国だ」をキャッチフレーズに、「書き下ろし・オリジナル 角川文庫ファンタジーフェア」の実施が告知されています。フェア対象の作品ラインナップは以下のようなものでした。なお、このラインナップについては、前掲『ライトノベル☆めった斬り!』の中で三村美衣氏が「実際に出た本の中にファンタジーがほとんどなくて、≪アルスラーン戦記≫くらい。この頃はSFもファンタジーと呼んでいたのかな?」と述べており、ファンタジー作品とSF作品が同じ「ファンタジー」として一括りにされている点を指摘しています。

・赤川次郎『ロマンティック』
・片岡義男『桔梗が裂いた』
・新井素子『眠たい瞳のお嬢さん 結婚物語(上)』
・新井素子『正彦くんのお引越し 結婚物語(中)』
・菊地秀行『淫魔宴』
・喜多嶋隆『バトン・ガールは、もう泣かない』
・眉村卓『迷宮物語』
・富野由悠季『ファウ・ファウ物語(上)』
・藤川桂介『銀河AVE.0番地』①②
・山田正紀/永井豪『暗黒の序章 マシンガイ竜』
・永井泰宇『バイオレンス・ジャック① 東京滅亡編』
・井沢元彦『叛逆王ユニカ』
・斉藤英一朗『T・T過去からの殺し屋』
・斉藤英一朗『怪盗戦士T・T』
・斉藤英一朗『盗賊!T・Tを追え』
・田中芳樹『王都炎上 アルスラーン戦記①』
・大原まり子『金色のミルクと白色い時計』
・火浦功『大熱血。 未来放浪ガルディーン①』
・岬兄悟『バックサイド・ハンター!次元調査員サディスティック・マーリヤ』
・窪田僚『放課後、アイスティ』
・手塚治虫原作/山崎晴哉著『火の鳥 鳳凰編』


(田中芳樹『王都炎上 アルスラーン戦記①』)

また、このフェアでは単に書き下ろし・オリジナル作品を揃えるに止まらず、文庫で使用したカバー原画のオリジナルポスタープレゼント、カバー原画展の開催、作家とイラストレーターによるサイン会、テレホンカード(天野喜孝・美樹本晴彦・安彦良和)のプレゼントなど、関連イベントを豊富に用意していた点が特徴的です。これだけでもかなり大々的なフェアであったと分かるのですが、さらに驚くべきは、フェアを引っ張るために翌月上旬の新刊を出さなかったという気合の入れ方でしょう。

〈角川文庫ファンタジーフェアに注目〉
「角川文庫は8月下旬から、新しいジャンルとしての書き下ろしファンタジーフェアをやります。これで1ヵ月間引っ張って9月上旬には新刊を出さないということで、今までの点数競争からの脱皮として注目されますが、安心して売れるということで書店の評判は大変良いです。」
(「出版月報」1986年8月号)

現在でもここまで気合の入ったフェアがあるかどうか…。ともあれ、いかに当時の角川文庫がファンタジーフェアに期待をかけていたかが分かります。

【ファンタジーフェアの成功とその後】

そんな角川文庫の本気が見えたファンタジーフェアの結果はといえば、「とにかくよく売れた」の一言に尽きると思われます。「出版月報」1986年9月号掲載の「角川文庫ファンタジーフェア大好評」によれば、「角川文庫のファンタジーフェアは発売3日目で8~9割方売れるという大へんな好成績となりました」とあり、その好評ぶりがうかがえます。しかし「発売3日目で8~9割方売れる」というのは…想像以上の反響ですね。

ファンタジーフェアで大成功を収めた角川文庫は、その後も継続的に新しいフェアを企画していきました。ファンタジー関連に限ってみても、1987年には再度「書き下ろし・オリジナルファンタジーフェア」を、88年には「’88 新青春&ファンンタジーフェア」を、89年には「宇宙皇子&書下しファンタジーフェア」を…ここまで似たようなフェアが連続するのもブーム時ならではと言えますね。


(「コンプティーク」1987年10月号掲載のファンタジーフェア紹介記事)


(1987年ファンタジーフェア開催時のプレゼントポスター(ケース))


(1987年ファンタジーフェア開催時のプレゼントポスター(5枚組))

そして「角川文庫の一人勝ちにはさせぬ」とばかりに、他の文庫レーベルも負けじと対抗フェアを企画、当時の若者向け小説市場は激戦状態に突入します。その様相の一端は、以下の「出版月報」の記事からも見て取ることが出来るでしょう。

〈ティーンズ向け文庫市場、大激戦に〉
「1月末に「講談社X文庫」に新シリーズ「ティーンズハート」が登場しますが、「コバルト文庫」のジャンルへの進出です。これで苦戦している「X文庫」をテコ入れしようということですね。9月の“ファンタジーフェア”で大成功をおさめた角川文庫は、この3月に同じような“伝奇書き下ろしファンタジー・フェア”を予定しています。前のフェアでは超売れっ子作家の作品を揃え、イラスト・カバーで従来にない魅力を出したほか、サイン会や表紙の原画展、ポスターにして読者サービス等をやりましたが、次回も勿論、「X文庫」でもこういった仕掛けをやります。いずれにしろティーンズ向け文庫分野は大激戦で、従来の文庫と一線を画して、一つの群が出来つつあるようです。棚構成もコミックに近い方が回転がいいというデータもありますが、陳列に工夫が要求されます。」
(「出版月報」1987年1月号)

ちなみに角川文庫のファンタジーフェア開催時(1986年)には、すでにゲーム分野を中心にファンタジー・ブームの兆候は見え始めていたので、このフェアが直接ブームの発端になったわけではないでしょう。しかし一方で、ファンタジーフェアの成功がブームに拍車を掛けるとともに、ファンタジー作品の隆盛を促し、若者向け小説市場の活発化・顕在化をもたらしたことは確かだと思われます。その意味でもファンタジーフェアの動向に注目することは、ライトノベルの黎明期を把握する上で必要な作業だと再認識させられます。

長くなりましたが、今回のコラムは以上です。

【文責:山中】

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ラノベ史探訪(7)-「角川文庫のファンタジーフェア」とは? への3件のフィードバック

  1. […] ≪参考≫ ラノベ史探訪(7)-「角川文庫のファンタジーフェア」とは? […]

  2. […] 「コンプティーク」から少し離れて、より大きな視点に立って当時の動向を考えてみると、ちょうどこの頃は1980年代後半のファンタジー・ブームが本格化し始める時期に当たります。この点については以前の記事に詳しく書いていますので、お暇があれば一緒にご覧下さい(ラノベ史探訪(7)-「角川文庫のファンタジーフェア」とは?)。 […]

  3. […] 「コンプティーク」から少し離れて、より大きな視点に立って当時の動向を考えてみると、ちょうどこの頃は1980年代後半のファンタジー・ブームが本格化し始める時期に当たります。この点については以前の記事に詳しく書いていますので、お暇があれば一緒にご覧下さい(ラノベ史探訪(7)-「角川文庫のファンタジーフェア」とは?)。 […]

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