海外ライトノベル翻訳事情 アメリカ編再び(1)

この連載を始めた頃は、手に入った英語のライトノベル翻訳を順番に眺めていく程度のことしか考えておらず、まさかそこから出発して、米仏伊西独露韓台中へ拡大するとは思っていませんでした。中台韓の東アジア圏を一巡して、ヨーロッパの最新動向もフォローしたところで、やや散漫だった英語翻訳の話を、ここでもう一度まとめ直したいと思います。

 英語へのライトノベル翻訳を手がけた出版社は、1社を除いて元々日本マンガ翻訳を手がけており、そこからライトノベル翻訳に手をつけたということでは、共通します。ただ、会社の規模もしくは背景となる資本力によって、独立出版系のVizMedia,TokyoPop,SevenSeesの3社と、YenPress(とそれと同じ資本系列のLittle&Brown)とDel&Rayの2社(あるいは3社)に分けて考えた方が良いように思えます。

 Del&Rayは正確に言えば、Ballantineという出版社の中でSFやファンタジー、そしてコミックを扱っている一部門なのですが、Ballantineは更にランダムハウス出版グループの一員。まさに大手出版系列です。

 YenPressはフランスのHachette Livreのアメリカ支社のマンガ出版部門です。アメリカのHachetteは、ランダムハウスと並んで6大出版社の一つに数えられていますし、本体のフランスのHachetteは国際コングロマリットLagardèreの出版部門ですから、これまた大手出版系列。YenPressと共同で「ハルヒ」を出したLittle&Brownは元々は19世紀から続く児童文学出版の老舗で、最近になってHachette資本傘下に入ったという関係です。アメリカで大ヒットして映画化もされた『トワイライト』は、Little&Brownの小説でしたが、そのコミック版がYenPressから出ていることなどから、Hachetteグループの中で、Littele&Brown:ヤングアダルト向け小説の出版、YenPress:マンガ/コミックの出版という事業分担があるのでしょう。

 そのマンガ担当のYenPressがライトノベルに手を出したのは、まあ良いとして、なぜ『ハルヒ』に限って小説担当のLittele&Brownと共同出版という形を取ったのか、その事情はよく分かりません。欧州各国(仏伊西)でのハルヒの扱いと合わせてみるに、『ハルヒ』は特別な作品に思えてくるのですがそれはともあれ、この大手出版系のYenPress対Del&Rayという軸でライトノベルの英語翻訳事情を見てみましょう。

 勝負ということでは、既に終わったとみて良いでしょう。YenPressは『狼と香辛料』『文学少女』『キーリ』という3シリーズの継続的翻訳出版に成功し、Little&Brown社との共同で『涼宮ハルヒ』も継続的に翻訳しています。片やDel&Rayは『戯言』シリーズの二作を翻訳して、そこで出版が途絶えました。予告されていた『空の境界』も未だに出版されていません。ライトノベルからの撤退と見て間違いは無いと思います。

YenPressのライトノベル
(
YenPressのライトノベル。いずれもシリーズを継続的に刊行しており好調。)


(
YenPressとLittle&Brownが共同で出版した二種類の『ハルヒ』も好調にシリーズの刊行を続けている。)

Del&Rayのライトノベル

(Del&Rayのライトノベル翻訳は『戯言』シリーズを二巻出した所で中断)

何が明暗を分けたのでしょうか?角川系から攻めて行ったYenPressと講談社系からのDel&Rayの差なんでしょうか。Del&Rayが、たまたま最初に『戯言』に手を出して、たまたま転けたということなのでしょうか?

 出版内容から見ると、この二社の路線には明確な差異があったように思えます。既に紹介してきたようにDel&Rayは、『戯言』を使って、日本のオリジナルを最大限尊重した翻訳出版を行いました。表紙から目次のレイアウト、イラストの配置に至るまでオリジナルに忠実に倣っています。タイトルも”Zaregoto”で日本語をローマ字表記しただけですし、主人公の「いーちゃん」も”Ii-chan”です。つまり、典型的な異化的翻訳(翻訳される側の言語にとって異質なものを含む翻訳)なのです。

 これに比較すると、YenPressは同化的翻訳(翻訳される側の言語にできるだけ自然な翻訳)を選択したように見えます。『狼と香辛料』『文学少女』『キーリ』の表紙では、日本オリジナルのものをストレートに使っていません。『ハルヒ』にしても、二つのバージョンを出してマンガ・アニメ的な外見を捨てた装幀も残しました。訳文の中でも、-san, -chanのような異化的翻訳文は使っていません。日本人にしか解り難い特殊な固有名詞は、アメリカ人に分かるようなものに置き換えられています。たとえば『ドラえもん』の登場人物を参照した「ったく、ジャイ×ンか?」というセリフが『文学少女』にはでてきますが、これは『マペット・ショー』に出て来るキャラクターに置き換えられて、“Not even Miss Piggy was as self-absorbed as she was.”のように翻訳されています。

 ここでマンガやアニメの翻訳について言っておくと、従来のマンガやアニメの翻訳は異化的でした。「文体編」でも書きましたが、-chan, -san, -sempaiみたいな従来英語に無かった呼称を使っているのが現在のマンガ翻訳の現状です。これには、マンガ・アニメの翻訳がファンによる海賊版が主流だったという歴史も手伝っているのかもしれません。同化的翻訳というのは技量も必要だし、手間もかかるのです。AがBに「〜先輩」と呼びかけることで読者に了解されるAとBの関係を、翻訳文のニュアンスで表現するのは結構難しい。そこを強引に、海賊翻訳が-sempaiとしてしまい、それが定着したのがマンガやアニメの翻訳事情でした。そしてそれがそのまま、ライトノベルの海賊翻訳サイトにも引き継がれています。

これも「文体編」で書いたことですが、YenPressはこの「伝統」を破棄して、-chan, -san, -sempaiを排しました。アニメ視聴者やマンガ読者以外には分からないという、編集部の判断があったのではないかと思います。そして、アニメやマンガ翻訳に連なる異化翻訳を維持したDel&Rayがライトノベルから撤退したのとは対照的に、YenPressはライトノベルの継続的出版に成功しました。これは、今後のライトノベル翻訳の一つの流れになるように思えます。

(報告:太田、一部平石さんからの情報を使いました)

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。