ライトノベル海外翻訳事情 中国本土編(3)

中国本土と台湾は、市場の事情がいくつか異なります。例えば、「中華圏ではライトノベルは「輕小説」と呼ばれている」と簡単に括られることがありますが、そこは慎重に考えておいた方がよさそうです。中国本土では輕小説はもっと広い小説群を指しているという考え方があるからです。このあたりの事情は、前々回にも利用したメディアコンテンツ研究会の記事目録
http://mediacontents.blog.fc2.com/blog-entry-38.html
に載っている以下の論文から紹介することにしましょう。翻訳の話から脱線しますがご容赦ください。

山下一夫『中国におけるライトノベルの勃興と展開』、中国同時代文化研究 第2号、pp.4-29、2009.12
山下一夫『中国ライトノベルとは何か −−その分類と郭敬明の位置付け』、中国同時代文化研究 第2号、pp.4-26、2010.12

この山下論文によれば、中国のライトノベルの最初のヒットで、メルクマークになった作品はクィ・ヨニ『あいつ、かっこよかった』としています。もともとは韓国のネット小説で、通学中に偶然ぶつかって唇を重ねてしまったイケメン男子校生に「責任を取って付き合え」と迫られる女子高生の話。女子高生の一人称文体、顔文字が乱舞する会話文の多さは、日本のケータイ小説を彷彿とさせますが、内容的には「ヤンキーの私小説」的側面を持つケータイ小説というよりは、日本の70年代少女マンガに近いと思います。翻訳で本文の一部を書き出すと、

店員さん、助けてぇ〜(T_T)
「もう終わった話じゃない。ははは・・・・・・(^_^;)」
がんばれ、あたし!(T_T)

てな感じですね。

韓国でヒットして出版もされてドラマ化もされた(ついでに書けば日本語にも翻訳されたんで、その書影を貼付けておきましたが)この小説が、中国本土で翻訳されて大ヒットしたのが2004年のこと。海賊版を入れると400万部が売れたのではないかと推定されているそうです。以後、同工異曲はもちろん、多数のイケメンが主人公を奪い合う「逆ハーレム」の設定などの十代の少女達が妄想しそうな絵空事の物語が書き継がれて、ひとつのジャンルを形成したというのが山下の2009年の報告の主旨ですが、このブログを読んでらっしゃる方々には、少し違和感を持たれるかもしれません。「はあ?それのどこがライトノベル?」という風に。

ただ、ライトノベルを出版形態で捉えるのではなく、主題や作者と読者の関係を視点にして「想定読者層を思春期以降の若年層におき、読者層の本音や欲望や妄想を表現した小説を、読者に近い立場の作家が執筆する」という風に捉えるならば(問題の多い捉え方だとは思いますが、我慢してください)、山下の報告論文は問題もありません。たまたま日本では、そういう小説群と出版形態が、アニメ・マンガ・ゲームなどに深く浸食される形で展開されたのですし、韓国や台湾がそれに巻き込まれつつあるのです。我々が現在、日台韓で見るライトノベルはその意味で特殊な形態進化を遂げたジャンルとして見ることができますし、そういう「オタク」に偏った展開に対抗するように、「ヤンキー」の文化を表象するケータイ小説が日本で展開したのだと見ることもできます。韓国や台湾のライトノベル以外の小説事情を知らない私には、それ以上のことは書けませんが、少なくとも山下が報告する中国本土の「ライトノベル事情」は小説という文芸が元来持っていた多様性と柔軟性を示唆していないでしょうか。

2009年の山下の報告は、そこから続けて中国の若年向け小説が、あるところから日本の少女マンガ風のイラストを本文中に挟み込むようになったこと、更には台湾経由の海賊版で入り始めていた日本のライトノベルの手法を取り入れて、セル画調のイラストが導入され、番外編のマンガを収録するなど、日本のライトノベルの体裁に接近して行った過程を描きます。彼によれば、

「そもそもこのジャンル自体、先行する作品のエピゴーネンが常に現れることで形成されてきたものであり、そういう意味では模倣の矛先が日本のアニメ・マンガに向かっただけだと解釈できる」

のだそうで、彼は中国の日本的なライトノベルを一過性のものとして捉えています。つまり、あるところで韓国ネット小説への模倣が相次ぎ、今は日本的なライトノベルへの模倣が起きているだけであるとするのです。

実のところ、山下の報告は少し大雑把なんじゃないかと私には思えました。韓国ネット小説風の「青春校園小説」群は少女小説として展開しましたし、天聞角川の軽小説は少年向けです(少なくとも前回紹介した『天漫軽小説』の表紙は明らかに男の子向けでした)から、別のマーケットの話を一緒くたにしています。とはいえ、『天漫軽小説』の中にも少女マンガっぽい絵柄が見受けられましたので、少女小説のイラスト作家がそのまま軽小説に流れてきたという可能性は大いにありそうです。

韓国のネット小説の翻訳を起爆剤にして形成された少女小説群があり、そこにマンガ風のイラストを組み合わせる日本型の出版戦略が導入され、それとは別に勃興したライトノベルに、少女小説業界のリソースが投入されて国産化が図られている。小説本文は、ネット小説の書き手を動員して調達している。そんな風に見ておくのが妥当な所でしょうか。

十代の少年少女が自らの可処分所得(つまりはお小遣い)をつぎ込むマーケットというのは、社会がある程度の経済成長を経てからでないと形成されません。東アジア社会では、まず日本のマーケットが立ち上がり、そこで生み出されたコンテンツ(作品)が次に形成されるマーケットに流れ込み、という順番で日本から台湾を経て中国にアニメやマンガやライトノベルが流れて行ったというのは分かりやすい話です。ただし、当然すぎる話ですがライトノベルはサラ地に移植される訳ではありません。それぞれの国や地域固有の文芸出版文化が存在し、そこに接ぎ木されなければならないのです。台湾や韓国ではそれがスムーズに行った事例であることを一連の連載で示してきたつもりですが、中国本土の場合はどうなのか。私は楽観していたのですが、山下論文はそこを再考させてくれました。

中華圏はもともとネット小説(網路小説)が興隆を誇っていたと言いますし、四大奇書を引き合いに出すまでもなく、小説的想像力(妄想力)という点では膨大な蓄積を持っている文化圏です。共産党政権下で中国本土の文芸は壊滅したなどということが言われていますが、ポテンシャルは保っていると私は思います。何よりも人口が膨大で、経済規模もまだまだ拡大していますから、日本のマーケットの中では想像もつかなかったような展開が中国で起こって、ライトノベルが逆に巻き込まれないとも限りません。そして、そういう想像をするのは楽しいことだと私は考えています。

追記:この記事について百元籠羊さんからご意見頂きましたので、中国本土編(5)として別途報告します。
(報告 太田)

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