ラノベ史探訪(3)-ラノベ専門誌の始まりを見てみよう【「獅子王」編】

「ドラゴンマガジン」(富士見書房)、「ザ・スニーカー」(角川書店)、「電撃文庫Magazine」(アスキー・メディアワークス)、「GAマガジン」(ソフトバンククリエイティブ)、「キャラの!」(ホビージャパン)…これらは全てライトノベルレーベルの版元発行のライトノベル専門誌です。ご存じない方のために誌面の大まかな内容を紹介すると、ライトノベルの実作掲載はもちろん、キャラクターイラストやコミカライズ作品の掲載、自社作品によるメディアミックス展開の情報提供などなど、非常に多岐にわたっています。書店に足を運んだ際、おそらくアニメ系雑誌コーナーかライトノベルコーナーで目にすることができるはずです。最近の変り種?としては、集英社が創刊したスーパーダッシュ文庫を母体とするマンガ誌「スーパーダッシュ&ゴー!」があり、こちらはマンガ誌コーナーにも置かれていると思います。


(「電撃文庫Magazine」Vol.1の表紙)

ところで…「目にすることができる」と言った矢先に恐縮なのですが、実は上に挙げたライトノベル専門誌のうち、すでに2誌が休刊しています。昨年は古参の「ザ・スニーカー」が休刊となり話題を呼びました。では、一体なぜ休刊してしまったのか?この点について「朝日新聞」2011年3月11日夕刊掲載の「ライトノベル好調のなか 老舗誌 役目果たし休刊」は、坂上秋成氏の「ラノベ雑誌の消費のされ方と作品ラインアップの多様化」という指摘を踏まえ次のように指摘しています。

「90年代は、ファンのコミュニティーの場が雑誌しかなかった」と坂上さんは話す。例えば雑誌の情報をもとに、学校で趣味の合う友人と直に話すことが、数少ない「対話方法」だったというのだ。 今はどうか。ネット上には、幾つもの情報サイトやコミュニティーがあふれる。隔月しか刊行されない雑誌を待たずに、早く情報を手に入れられるようになってしまった。さらにラインアップも多様化した。出版社が続々と新規参入し、新刊点数は09年までの5年で27.9%も増えた。ラノベ専門雑誌は7誌にもなる。 ラノベは一般文芸より、読者ニーズを早く的確につかむ必要がある。雑誌にも付録にフィギュアをつけるなど、ファンを引き付ける戦略が採れる利点があるとはいえ、コミュニティーの場としての役割は想像以上に小さくなってしまったようだ。
(「朝日新聞」2011年3月11日夕刊 前掲記事より)

コミュニティーの場として、オフィシャルな情報獲得手段としての「役目」を担う専門誌。現在もその性格自体は変わっていないはずですが、「役目」の主たる担い手として、紙媒体の雑誌より電子媒体のネットの方に比重が置かれつつあるのは確かです。実際、「ザ・スニーカー」は休刊後にザ・スニーカーWEBを開設しており、ファミ通文庫FB OnlineGA文庫マガジンなどと並んでWEB主体の情報発信に力を入れています。もちろんライトノベルに限らず、今後こうした傾向は他分野でもさらに加速していくと思われますが、とりあえずこの話題はまた別の機会があればその時にでも。

さて、だいぶ前置きが長くなってしまいましたが、今回のコラムはそんな状況変化に置かれているライトノベル専門誌に関する話題です。といっても、「専門誌の明日はどっちだ!!」的な未来を語るものではありません。むしろ「ラノベ史探訪」のタイトルに従ってその過去へ、専門誌としての「役目」が現在以上に機能していた頃に目を向け、「ライトノベル専門誌(あるいはそれに近い文芸誌)は当初どのような特色を持った雑誌として創刊されたのか?」を確認するという試みです。具体的には、「獅子王」、「ドラゴンマガジン」、「ザ・スニーカー」、「電撃hp」の4誌を取り上げ、各誌の創刊号を紹介しつつ、創刊の辞や『雑誌新聞総かたろぐ』(メディア・リサーチ・センター)から各誌の特色を把握する、という流れです。だいぶ長いコラムになると思いますが、最後までお付き合い頂けましたら幸いです。

では、早速上記4誌のうち、まずは「獅子王」の特色について紹介していきたいと思います。

【「獅子王」(朝日ソノラマ)】


(「獅子王」初夏号(創刊号))1985年)

[基本データ]
・1985年5月25日創刊(当初は季刊雑誌で後に月刊化)
・部数=80,000
・読者=高校生中心のハイティーン

「同社が発行するソノラマ文庫の雑誌版。SFや冒険もの等の小説とイラストを合体させたライト感覚のビジュアル・エンターティメントを目指した小説誌。」
(『雑誌新聞総かたろぐ 1985年版』1985年7月)

「夢枕獏、菊地秀行、山田正紀、高千穂遥などの現在のエンターティメント・ノベルズ界の中核をになっている人気作家が登場する若者向け、月刊小説誌。SFアクションを軸に、SF、推理、冒険などのジャンルの小説を、B5判の大きな判型を生かした豊富なイラストを組み合わせて掲載。イラスト・ストーリー、情報コラムなど、ビジュアルな側面もアッピールしている。」
(『雑誌新聞総かたろぐ 1987年版』1987年6月)

初っ端から「え?「獅子王」って何?」と思われる方が結構いらっしゃるかもしれませんが、同誌は1985年から1992年まで発行されていたソノラマ文庫の母体雑誌です。当時としては珍しいSF・ファンタジー系作品を中心とした小説誌でした。ソノラマ文庫の捉え方によっては、同誌をライトノベル専門誌として括るのは御幣があるかもしれませんが…今回はとりあえず、ソノラマ文庫をライトノベルのはしりと捉えた上で、「獅子王」もライトノベル専門誌のはしりと考える、くらいに見て頂ければと思います。創刊は1985年7月、ちょうどソノラマ文庫が創刊10周年を迎えた時期にあたります(この時点での文庫の刊行数は300冊以上)。


(「獅子王」初夏号(創刊号)掲載のソノラマ文庫の広告)


(「獅子王」初夏号(創刊号)の目次)

『雑誌新聞総かたろぐ』の引用を見る限り、「獅子王」が(というより母体であるソノラマ文庫が)小説とイラストとのコラボを積極的に打ち出し、ビジュアル面のアピールに重きを置いていたことが分かります。表紙や上の目次を見ても、イラストを天野喜孝氏、加藤直之氏、美樹本晴彦氏、山田章博氏、畑農照雄氏、高橋葉介氏、とり・みき氏など、SF・ファンタジー・推理小説系の名立たるイラストレーターを起用するという力の入れようです。この辺りはイラストの重要性が指摘される現在のライトノベルに通じるところでしょう。なお、創刊号の編集後記では「獅子王」の方向性について次のように述べられており、かなり気合の入った創刊だったことがうかがい知れます。

「獅子王」創刊号、いかがでしたか?エンターテインメント・ノベルスの世界を、いささかなりとも揺り動かしてみたい―そんな心意気で編集したつもりです。小説やコラムの執筆者、イラストレーターの方々にも、いままでにないほどの情熱を込めていただきました。

また「小説とイラストを合体させたライト感覚のビジュアル・エンターティメントを目指した小説誌」という記述は興味深いところです。そもそも後に誕生する「ライトノベル」という名称は、対象の小説群を「ライト」な「ノベル」と見なす認識が大きな要因となっていました。そのような「ライト」さが、すでに「獅子王」創刊当時に雑誌の方向性として打ち出されていたというのは注目に値します。

ところで創刊号の内容ですが、上の目次にあるように各作家の作品掲載が中心となっています。もちろん読者投稿コーナー(「獅子王ジャック」「森田健作の青春指南」など)の設置告知も見られ徐々に活発化していきますが、雑誌全体の印象としては作品掲載の場としての性格が強かったと思われます。


(「朝日新聞」1986年7月26日朝刊掲載の朝日ソノラマ広告)

上の広告は1986年に月刊化した際のものです。やはり「月刊小説誌」と銘打たれており、執筆作家や連載作品の紹介が目立っています。その意味では「獅子王」は結構硬派な感じの?小説誌だったと言えるでしょう。

以上で「ラノベ専門誌の始まりを見てみよう」第1回【「獅子王」編】を終わります。今後のコラムも同様なのですが、まだまだ調査中の事柄も多いというのが現状です。もしご指摘等ございましたら、コメントなどでご教示頂けましたら幸いです。

続く第2回は「ドラゴンマガジン」(富士見書房)を予定していますので、引き続きよろしくお願い致します。

【文責:山中】

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ラノベ史探訪(3)-ラノベ専門誌の始まりを見てみよう【「獅子王」編】 への1件のフィードバック

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